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グローバル?

遂に踏み込むこの世界・・・(笑)。上手く纏められるか微妙やなぁ。

ともかく。世の中に「グローバル」やら「世界的」やら言葉が蔓延ってる。ウチの会社も例に漏れず、「グローバルカンパニー」やて。まぁ、それはええとして。ウチの疑問は、「人間はグローバルになる能力を持っているのか?」ということ。

本来人間は全てアフリカを原点として、時間をゆっくりかけて拡大してきたんよね。移動には数十年、数百年、数千年という年月をかけてアフリカから拡げてきた。その歳月の中で、ある土地に根ざした生活環境の中で文明が生まれて発展してきた。もちろん、逆に発展しなかった地域もある。そやけど、根本的に人間は「時間をかけへんとその土地での生活に合わせられへんのとちゃう?」という話。それが今では電車や飛行機でちょいと環境が違う場所へ行けてしまう。その道のりにある環境の変化を感じることも無く。もちろん、その移動すること自体は科学の進歩であり、人間やからできたことなんやけど。その一方で、己の適応力を超えた科学ちゃうかなと。

例えば、雪を表現する言葉は東北地方には多くある。それが関西やとせいぜい粉雪、ボタン雪、ベチャ雪(これって・・・どうよ?)程度。何故か?東北と関西とで環境の差があるから。東北で生活する人たちにとって、雪は密接に関係する現象であって、生活に与える影響も大きい。その結果、細かく表現することに至った。それを関西人が「理解」することができるか?答えは「無理」。ポンと飛行機で東北へ飛んで、それらを理解しようとしても無理。違いがわからん。理屈では分ると思うけどね。説明を受けると「ふ~ん」とはなるやろ。けど、即座に降ってきた雪を「**雪や」とはならん。

日本国内だけ見てもこれだけの差がある。日本語の多様性は都が京都にあった時から、京都で流行った言葉がゆっくりと人伝えに広がって行ったんよね。そやから、京都を中心に同じような距離にある町では言葉が似てることもある。それが、今やテレビ・ネットの時代。東京で放送された内容は瞬時に沖縄の離島まで届く。果たして脳が付いて行けるのか。

ネット社会ではそれが世界レベルで起こってる。所謂「情報過多」の状態。海外の「美味いモン」を前もって調べて、食べに行ける時代。脳みそはパニクってるような気がする。


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