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ネタ探し・・・

2009年、明けましておめでとうございます。このブログを読む程暇な方々、今年はもう少し忙しなって、読めへんようになることを祈ってます(合掌)。

年末年始の糞しょ~もないテレビを観んことにしてるから、早速元日にアップすることができたわ。そういう意味ではマスゴミに感謝(笑)。
さて、2009年最初のネタ。何にしようかと思っていたら、日経に柔道のことが記載されてた。何でも国際柔道連盟(IJF)の影響力がより増大するとか。で、ルールの変更だけでなく五輪選考会とかのあり方までも変わるらしい。柔道の国際化と同時に日本の影響力の低下を指摘。で、括りは「本家日本の柔道はどう戦っていくのか」っちゅ~感じ。

え~と。先ず「国際化」を目指した理由が何なのか。そこから見直す必要があるやろね。恐らく、ウチの勘では「五輪競技」を目指したかった。それだけ。五輪競技に認められるには競技者人工が世界的に増える必要があるからね。そこから「国際化」が始まっただけ。で、昨年も北京で五輪が開催されたわな。で、日本人の多くも注目した柔道。結果に対して不満や失望、歓喜などそれぞれ味わったと思う。まぁそれはええでしょ。一方で、皆が共通して「面白ない」と感じたんちゃうかな?ポイント制が導入されているがために、レスリングと同じような試合の流れになってる。組まへん、組ませへん柔道がまかり通ってる。ましてや「死に体」の発想もあらへん。つまり、最後に背中が着いた方が負け。先に技をかけに行って決まっても、その後に相手がさらに技をかけて背中を着けさせられたりしたら、先に技をかけた方が負け。ふ~ん。

そもそも、柔道はスポーツやない。「道」やね。精神的なモン。勝ち負けに拘らず、自らの精神価値の探求そのものやね。心身の修練によって、それを見出そうというのが「道」。剣道、柔道、空手道、古武道、武士道などなど。で、この観点からすると、スポーツ的な要素はあらへん。もちろん、勝ち負けはあるんやけど。「柔道の醍醐味は?」と聞くと、本来は「小さい人が大きい人を投げ飛ばすところ」っちゅ~んが定番やったと思うねん。それが今ではボクシングと同じような重量制になってしもた。ほなら、本来の醍醐味も消滅。日本の柔道界の過ちはそこにある。「柔道とは?」を説く前に、世界に広めようとした。定義づけをせんかったら、その解釈は捻じ曲げられる。それは当然。自分たちがやりやすいように、運営しやすいように変えていくんが基本やからね。当然、欧米人にとっては新しいモンやし、それが形だけ入ってきたら、「これはこうしよう」、「これはああしよう」となるのは自然の流れ。それを許した日本の柔道界が悪い。譲れへん部分っちゅ~んはあってしかるべきやねんけどね。で、一回これを許したらもう歯止めは利かへん。その次は柔道着。理由は「審判が見難いから」。はぁ~???それやったら審判を教育せぇよ!審判のレベルを上げろよ!国際化を進めるんやったら、当然審判も国際色豊かにする必要がある。日本人の審判のみやと公正さに欠けるとも指摘されかねへんしね。そんなん最初っから分かってることやん。ほなら、審判を育てなアカン。どうやって?その取り組みはどれだけ成功したんやろね?恐らく失敗してると思うけど。で、その結果、カラー道着。青と白の柔道着。びっくりするわ。で、柔道着も厚みが海外製のは厚いらしい。組みにくいように。それが彼等の言う「平等」ですわ。自分等に都合のええように解釈するんは得意やからね。何でもしよるで。ルマンでも言うたでしょ?彼等は常にスポットライトを浴びてたいねん。東洋人が浴びるんは嫌いやねん。許されへんねん。五輪も所詮は欧米主体の団体。そんなん当たり前。

ウチが競技団体の長やったら、即刻「国際化」から手ぇ引くね。五輪競技からも外してもらう。で、本来の「道」を地道に世界に伝える活動をするわ。改めて。JUDOは柔道やないし、成り得へん。逆にこのままやと、柔道がJUDOになる。それは本末転倒であり、許されるべきことではない。

五輪のあり方自体が問われる昨今、増え続ける競技数や経済成長の象徴のような価値はもうあらへんからね。はっきし言うて、企業のマーケティング・イベントと化かした五輪やし、昔ほどの興味があらへんのも事実。あの水着騒動もそう。正に五輪の競技が企業に振り回される瞬間やったね。見直す時期ちゃいまっか?
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