補助・・・保護?
昨年末からずっと北米Big3がニュースになってんね。米政府が救援するとかせんとか・・・。で、結局低金利での貸し出しを認めたわな。やっぱし問題になってくるんはあくまで「救済」策であって、「保護」策になったらアカンっちゅ〜ことやね。つまり、Big3にとって痛みを伴うことが前提としてあらへんとアカン。それも経営陣、労働者、労働組合、株主、全員に。で、明確に何が原因でこうなったかを説明する必要があるね。今の不況がBig3を追いやったんちゃうからね。何か、リーマンショックがあったからみたいなマスゴミの取り上げようやけど、実際は自分らでどんどん状況を悪化させてたんよ。モノづくりで勝負せんと、簡単な金融商品(GMACなど関連会社のローン商品など)で儲けてただけ。その仕組み自体に問題があったんよね。で、金融業会の信用問題が表に出た途端、アウト。そらそやわ。ほな、誰が悪い?そら、経営陣も悪い。労働者も労働組合も悪い。株主も悪い。そやから、これら全員で痛みを分かち合った上での「救済」であるべきなんよ。
で、最近のニュースで気になるんは、この自動車業界救済の話の中で、カリフォルニア州に拠点を置く、Tesla Motorsへの低金利融資の話が出てるんよ。よ〜わからん。何で今テスラが出てくるんか。もし、アメリカ政府がこれを認めると、完全な保護政策という判断になって、欧州も同じようにするやろね。日本政府は・・・せんかな(笑)。何か話がゴチャゴチャにマスゴミも取り上げてるから、ややこしい感じやけど、Big3の救済とそれ以外の救済とは明確に線引きせな。何故Big3を救済して、他を救済せんのか。
このような難しさは身近なところでも見えるんよ。例えば電動補助自転車。最近やたら売れてるわ。実際楽やしね〜。ほんま「スイスイ」進むからな。けど、「脚が弱った人」が使うとどうなるか。脚はより弱くなる。ほなら「補助」と呼べるんか?
そういう意味では「進化」をどう捉えるか。例えば人間は頭を使って、色々なモノを発明・発見してきたわな。文明という意味では確かに進歩してるかもしれへん。そやけど、一方で動物、生物の観点からしたら、人間は進化してるんやろか?退化してるんちゃうか?例えば寒さに対しても、2000年前の人間の方が強かったと思うし、足腰も強かったと思う。どれだけ頑張っても、人間は動物・生物の域を超えられへんのやし、その枠内で考えたらむしろ弱なってるわな。ニワトリと卵の話になるんやろうけどね。その弱点は弱点としてあって、それを克服するために知能を使った。けど、それも「弱点を補う」だけやったらええけど、それ以上の機能を果たしてるとしたら、それは「補う(補助)」やないわな。で、その幅が大きくなれば、本来持っていた能力も「そこまで出す必要がなくなる」わけで、結果としてその能力自体が落ちる。う〜ん。
以前に異文化の理解と納得は別と書いて、その原因の一つに脳みその対応力の低さを指摘したけど、何か通じてきたかも?人間は人間の脳を過大評価してるようなね。「感情」という非論理的な要素があるにも関わらず。
ほな、「本当の優しさ」とは何でしょう?困ってる人を助けるんは優しさやと思うねけど、助けすぎは補助やなくて保護になる。結果その弱っている人をより弱くする。これは優しさと呼ばず、甘やかしという。スポーツの世界では良ぉあるね。厳しいこと言うて自力で改善・解決させるって方法。で、本人が放棄したら「はい、それま〜でぇ〜よ〜(植木等風)」。子どもの教育も同じやねんけど、最近の親一般的に「優しさ=甘やかす」と思ってる親が多いからなぁ。
難しぃねぇ。
で、最近のニュースで気になるんは、この自動車業界救済の話の中で、カリフォルニア州に拠点を置く、Tesla Motorsへの低金利融資の話が出てるんよ。よ〜わからん。何で今テスラが出てくるんか。もし、アメリカ政府がこれを認めると、完全な保護政策という判断になって、欧州も同じようにするやろね。日本政府は・・・せんかな(笑)。何か話がゴチャゴチャにマスゴミも取り上げてるから、ややこしい感じやけど、Big3の救済とそれ以外の救済とは明確に線引きせな。何故Big3を救済して、他を救済せんのか。
このような難しさは身近なところでも見えるんよ。例えば電動補助自転車。最近やたら売れてるわ。実際楽やしね〜。ほんま「スイスイ」進むからな。けど、「脚が弱った人」が使うとどうなるか。脚はより弱くなる。ほなら「補助」と呼べるんか?
そういう意味では「進化」をどう捉えるか。例えば人間は頭を使って、色々なモノを発明・発見してきたわな。文明という意味では確かに進歩してるかもしれへん。そやけど、一方で動物、生物の観点からしたら、人間は進化してるんやろか?退化してるんちゃうか?例えば寒さに対しても、2000年前の人間の方が強かったと思うし、足腰も強かったと思う。どれだけ頑張っても、人間は動物・生物の域を超えられへんのやし、その枠内で考えたらむしろ弱なってるわな。ニワトリと卵の話になるんやろうけどね。その弱点は弱点としてあって、それを克服するために知能を使った。けど、それも「弱点を補う」だけやったらええけど、それ以上の機能を果たしてるとしたら、それは「補う(補助)」やないわな。で、その幅が大きくなれば、本来持っていた能力も「そこまで出す必要がなくなる」わけで、結果としてその能力自体が落ちる。う〜ん。
以前に異文化の理解と納得は別と書いて、その原因の一つに脳みその対応力の低さを指摘したけど、何か通じてきたかも?人間は人間の脳を過大評価してるようなね。「感情」という非論理的な要素があるにも関わらず。
ほな、「本当の優しさ」とは何でしょう?困ってる人を助けるんは優しさやと思うねけど、助けすぎは補助やなくて保護になる。結果その弱っている人をより弱くする。これは優しさと呼ばず、甘やかしという。スポーツの世界では良ぉあるね。厳しいこと言うて自力で改善・解決させるって方法。で、本人が放棄したら「はい、それま〜でぇ〜よ〜(植木等風)」。子どもの教育も同じやねんけど、最近の親一般的に「優しさ=甘やかす」と思ってる親が多いからなぁ。
難しぃねぇ。



